●特別扱いせず、普通に教育していく

人間には、「言葉」があるということさえ理解していないため「躾」ができませんでした

公園にお花見に連れて行くと、そこで、見ず知らずの人達が食事をしていました。あっと言う間に走って行ったかと思うと、その開いていたお弁当の中身の一つを口の中に入れてしまうような事もありました。言葉で説明しても言い聞かせても言葉がわからないから、やって「良いこと」「悪いこと」の区別がつかないのです。

当時、自閉症の子供の育て方について、「問題行動」は、子供の自主的行動なのだから、しつけなど考えずそれを尊重し、子供の行動に付き添い、従い、発達を待つのが良い。」と言う考え方がテレビで放映され、それが正しいと言われていました。しかし、私は、前述のような行動に対し、兄弟の中で公平さにかける教育で良いのか?「良い事、悪い事」を教えなければならない。笑いもせず、親が見えなくなっても泣きもせず、何に対しても無表情で、無感動な宇宙人感覚のこの子を、良い事をしたら、褒められて「嬉しい」感動を。叱られたら「悲しい」思いを。「美しい」「楽しい」「悲しい」「さびしい」など心に響く感動を沢山感じる人間であって欲しい。人生だって多くの人の中で楽しんで生きていって欲しい。それには、「特別扱いせずに、普通に育てる」ことが、大切なのではないか?と考えました。色んな体験・色んな思い経験させるメリハリのある普通の生活がこの子に重要なのではないかと考えました。

 

●K先生との出会い

「自閉的傾向」という診断がついてはいたもの、言葉が出ない為、言葉の遅れは、耳が聞こえないのではないか?と疑いを持たれ、一度、聾唖学校に検査に行くよう周りの人から勧められました。自分では不本意でしたが、言われるまま検査に行きました。そこで検査を受けるということで、待ち続けていましたが、誰も来ません。1時間ほどしてやっと先生とお会いしましたが、すでに私達一団は、マジックミラーで1時間ほどずっと観察されていました。そして、聴力検査をする事無く、K先生から自閉症の子供の特徴が書かれた一冊の薄い本を渡され、「これを読んでください。」そして、先生は聾唖学校の生徒の親でもない私に、「悩みや相談ごとがあったら、いつでも電話して来なさい」と温かい言葉をかけてくださいました。狐につままれたような気持ちで家に帰り、その本を読むと、息子と同じような症状が沢山書かれていました。やっと、「自閉的傾向」とはこのような子供の事を言うのかという事が理解できました。

 K先生は、マジックミラーで観察して聴力の問題でないことを見抜いたのです。K先生は、ご自身も聾のお子さんをお持ちでした。聾唖学校の先生をしていたので、生徒で「聾と自閉症」を合併している生徒さんを見たりしているご自身の豊富な体験から、必死の私をほっとけなかったのでしょう。私はお言葉に甘え、絶えず、電話で相談しました。マジックミラーで家族の対応を見ていたので、先生は、私の気持ちをよく理解し、親身になってくださいました。子供への接し方、遊び方については、遠路はるばるわざわざ私達の家まで訪れ、遊び方の手本を見せて指導してくださいました。